<随筆 2006> <その1>
<その2>
<その3> <その4>
<その5>
<その6> <その7>
西野和秀
「サブの話」
山本周五郎の小説「さぶ」の話ではない。サブはSubstitute Teacherの略語で、名詞·動詞として使われる。私のサブの歴史(?)は2001年に始まり、翻訳·通訳の合間に時々興味本位にやっていた仕事が、現在ではサブの合間に翻訳等の仕事をするようになった。サブとは学校の先生が欠勤する日に、ピンチヒッターとして登場する仕事である。簡単な仕事であるが、そうでない時もある。
私自身はリチャードソンとプレノ学校区にサブとして登録されているが、各学校区とも約500人位のサブのプールがある。サブになる人達の多くは教員退職者であるが、サラリーマン及びウーマン退職者或いは失業者もかなり居る。年齢層は若い人達(主に将来教員を志望する者)から80歳位の高齢者まで、幅はかなり広い。サブの報酬は大変低いので、主たる収入源としてする仕事ではない。ボランチア精神を発揮し、若い人達の教育の過程で少しでも役に立っているんだと信じて、楽しく一日を過ごすこと。私自身これは体の細胞の活性化と免疫性の向上にも、随分効果があるものと思って楽しんでいる。
学校の先生方は学期中を通して、色々な理由で欠勤します。学校が正常に機能するためには、サブは不可欠な存在だと思う。私は中学と高校だけのサブをやりますが、一校だけで多い日には25人程の先生が欠席する(理由は病気、研修、会議等)。サブの仕事は学期中毎日ベースで入ってくる。先生から直接依頼される時、又はオンラインで自分の好きな科目を随意に選択する事も出来る。勿論、他の仕事で忙しい時、又休みたい時などはサブの仕事をとる必要はない。
サブの一日を簡単に説明すると、先ずは各クラスの出席をとる事から始まり、先生が準備したレッスンプランを適切に消化すること、且つ生徒の行動·態度などを監督することである。レッスンプランは主にその時に習っている教科に関係ある問題をすることが多い。時にはテストを監督したり、ビデオ鑑賞をすることもある。私はサブをする日は、始業時間の一時間前には学校に到着して、先生のレッスンプランに早く目を通し、生徒の質問等に答え得るべく、科目の内容を充分に把握しておく。私自身判らないことにも度々遭遇するので、勉強になる事が多くチャレンジな日々である。
アメリカの公立高校では普通のクラスとAP(Advance
Placement)のクラスに別れているので、教科の内容と生徒の勉学に対する心構えや態度などは、クラスによって随分差がある。APクラスの生徒は真剣に勉強する。昨今アメリカの教育水準の低下が問題になる中で、この生徒たちは21世紀に、アメリカが世界のリーダーとして生き残るための中心人口になるものと思う。