<随筆
2006> <その1>
<その2>
<その3> <その4>
<その5>
<その6>
<その7>
山口 猛
今年の四月を以ってリタイヤー組に入った私は、暇な時間に何が出きるかを考え、其の一つに家庭菜園を思いついた。
家庭菜園といっても庭の隅に枠を設けて作った小さな場所である。まったくの素人が取り組んでいるのだから大変である。茄子、きゅうり、小松菜,三つ葉、にら、茗荷等が育っている。土壌が豊かであれば、もっと楽に二倍、三倍の広さの菜園となっていたろうに、我が家の庭は、芝生の下を3〜4センチも掘り起こすと、石だらけで白い岩盤になって居り、とても一辺にこれ以上の広さにするのは無理だ。 土を深く掘り起こし、石や砂利を取り除く作業を行い、そこにトップ・ソイル、
カウ・マニュアー、
肥料、
ポッティング・ソイルを入れ込む。 この様に床作りには大変な手間と時間をかけたがこれは植物の栽培には不可欠の様である。 二年前に腰痛の苦しみを経験しているので腰には十二分に注意をしながらの作業であり、我ながらその辛抱強さ、根気の良さには感心している。
種まき一つにしても色々の事がある。 種の蒔き過ぎ、土のかけ過ぎ、水遣りの強弱の度合い等で小粒の種は流されたり、深く土の中に埋まってしまったりで発芽に大きく影響する。 小さな小さな芽が土を持ち上げて出て来たのを目にすると、思わず「あっ芽が出た!」と声が出る。この時の安堵と喜びは表現しがたい。芽が出てくると発育は驚く程早い。
きゅうりや茄子は摘芽をしなければならない。 どれを摘み取るべきか恐る恐るつまむが、後であの芽は摘まないで残した方が良かったのではと悔いる事もある。 きゅうりには枝が形よく広がるようにと棚作りをするのだが、まったくの自己流で棒を立て骨組みをつくる。 手間がかかる。 やがて数多くの花がつき始めると、ほとんど同時に花の香りを嗅ぎ付けてか蝶々や蜂が飛んできて花から花へと渡り飛ぶようになる。 今農薬などに汚染された厳しい環境の中でこれらの蝶や蜂たちは何処からやって来るのだろう。 心のなごむ絵画を見る様である。 又来年も来てくれるであろうか等と考える。
大きな悩みの一つは特に茄子やきゅうりにはアブラムシのような害虫が発生する事である。 葉の裏に無数に出てくる。 指先でつぶしたり、スプレーをかけたりして取り除くが、しばらく安心していると又やってくる。 何度もの繰り返しの対応に目が離せない。 別の悩みは雑草軍団である。 次から次へと出てくる草には驚くばかりである。 除草剤は使用しないので目にする度に草取りをするのだが、手抜きをするとすぐに雑草だらけになりうんざりさせられる。
土壌がやわらかく肥えているのだから草には天国なのであろう。 雑草の強さ逞しさは色々の表現に使われているが、まさに根気と手間の必要な除草の対応をしてみてなるほどと頷ける。
ストアーの野菜売り場では自然に茄子やきゅうり等に目が行く。そして其の安さが口に出る。 我が菜園でとれる収穫物はなんと高価につく事か。 見事に実った収穫第一号をワイフに渡す時の誇らしげなしぐさを想像して欲しい。 食卓に出された料理を口にした味わいに心いっぱいの満足感は菜園を手がけた者のみが味合える喜びである。 収穫の多い時には知人におすそ分けをするのだが,一様にとても喜んで下さる言葉が苦労を忘れさせてくれる。 今日も猛暑の続く中、菜園に足を運ぶ。 その耳に「ほどほどにして下さいよ」といつもの声が聞こえてくる。
種選び今朝の我が指器用なり
菜園に色濃く光る残り茄子
猛山
二00六年八月二十六日
山口 猛
P.S.
グリーン会会員の中には家庭菜園のベテランが居られる筈ですので、何かアドバイスを頂ければ幸いです。