<随筆 2006> <その1> <その2> <その3> <その4> <その5> <その6> <その7>

小川 豪

インターネットのブラウザーで日本のベストセラーを見ていたら「国家の品格」の評が出ていた。作者の話として“女房に言わせると、私の話の半分は誤りと勘違い、残りの半分は誇張と大風呂敷”という文に“まるで私の事の様だ”と一人大喜び、その威勢をかって私も一つ書いてやろうという気になった。

それは4年前、息子のW大学の入学式に出席した時の話である。丁度開校百五十周年祭の真最中で、なんとペリー提督が黒船で日本を訪れた年に開校したそうである。大学には図書館が14館ありその一つEast Asian Libraryを訪れてみた。大きさはバスケットのコートより小さかったけれど3方の壁にはびっしりと中国、韓国そして日本の古い本で埋まっていた。さらにその奥には金網で囲った特別室が作られてあり、その中に入ってみた。電灯が消されていて誰も来ることがないのか冷たい空気が私の顔を撫でた、まるで別世界に入ったようである。あかりをつけると中は3つの階に別れて本が山の様にそれぞれの階に隙間なく置いてあるのが見えた。本棚の間をゆっくりと足音を気にしながら行くと懐かしい本の題名が次々と目に入ってきた、大正そして昭和時代の本である。その数なんと14万冊に及ぶ本や雑誌が置いてあるそうで、もちろん明治の本、雑誌、その他の情報もElectronic Data, CDまたは Microfichesであるそうだ。見るもの触るものそれは驚くものばかりであった。30年程前に“米国で明治維新の研究をするには W大学を訪れたほうが日本へいくよりいい”という話をアメリカ人から聞いたが今になってなるほどと唸った。日本語の本を手に取って開いてみると湿ったカビの臭いが漂って、何十年もの間この本は米国で静かに日本人の私が来るのをじっと待っていたのかと想うと体が熱くなってきた。そして私の手は亡霊に取り付かれた様に、手当たり次第に本を開いては拾い読みを始めた、それをしなければ申し訳ないという気持に成ったからである。そばにいた妻に“ここは日本の貴重な古本の宝庫だよ。その中に自分が立っているとは実に信じられない。”と言ったら、彼女の意味有り気な微笑みが返ってきた。もちろん彼女は日本語が一つも解らないから、又ホラが始まったという顔であった。いやこれは本当の話である、何がって本のことである。

次回の随筆は福井久代さんに書いていただけることになりました。ありがとうございます。